与謝野 晶子(1878年〜1942年)
ことごとく青春の子が・・・・(書)
歌人。
大阪府堺市生れ。
1900年 「新詩社」創立とともに参加。
1901年 与謝野寛と結婚。処女詩集「みだれ髪」
1904年 詩「君死にたまふことなかれ」発表
1942年 遺歌集「白桜集」

「明星」の浪漫主義を発展させる。絢爛とした耽美的な世界を表現する一方、
社会・政治への関心も強く、女性解放の先駆的意義をもつ「青鞜」創刊に協力。
「新訳源氏物語」など古典関係の仕事も多数。
文化学院では夫とともに創立より教師となる。
夫・寛は文学部の初代部長となり、1930年まで、晶子は1942年その死に
至るまでの20年あまりを文学部の学監として教壇に立つ。